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経済成長の過程とエネルギーの変遷は深い関りがありました。家庭内のエネルギーも変わりました。戦後間もない頃の家庭での煮炊きは薪でご飯を炊き、七輪で魚を焼いたり煮たりして、暖房は練炭の炬燵、お風呂は近くの銭湯へ行くというのが庶民の生活風景でした。自宅に風呂ができても燃料は薪と石炭でした。
そのエネルギーが石油の普及と共に急激に変わって行きました。そしてLPガスが登場してで家庭内のエネルギーの役割分担がはっきりしてきます。暖房は灯油、ご飯は電気炊飯器(初めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣くまで蓋とるなという過程をクリアーした)煮物、焼物はLPガス、お風呂はLPガスとそれぞれの分野で長く定着することになります。
LPガスは従来の薪や石炭に比べて着火、消火の簡便で、漏れたときの危険性さえ回避できれば、簡単でクリーンなエネルギーとして家庭内で急激に普及して行きました。 |
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そんな時当社の荷主様からLPGの海上輸送の依頼がありました。日本の海運界にまだLPG船が存在していない昭和37年のことでした。当時造船の仕事をしていた当社創業者石ア重久はLPGの急激な普及の兆しを見てこれからLPGは伸びる、そして大量に輸送できる船が必要になるだろうと考えました。
LPGの海上輸送を考える場合一番重要なことは、"安全"でした。造船の技術を駆使しいかに安全に輸送ができるかの追求をし最初のLPG船「いづみ丸」が完成しました。そして急激に需要の伸びるLPGの安定供給を大きな課題としてLPGの伸びと一緒に日本ガスラインは成長して行くことができました。 |
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